25 小特集 音 楽 ヒトは音楽を聴くと,自然と音 に合わせて身体を動かしたくなっ てしまいます。音楽に合わせて踊 ることは,時代や洋の東西を問わ ず観察される極めて普遍的な行為 であり,生後5 ヵ月の乳児におい ても既に認められる基本的な能力 です1。一方で動物の世界に目を 向けると,音楽に合わせて動くこ とができるのは鳥,アシカ,チン パンジーなど限られた種のみであ ることが明らかになっています2。 このことは,歌い踊ることがヒト という種において高度に進化した ことを示唆しています。本稿では, ヒト社会における音楽と運動の深 い結びつきについてご紹介します。 運動を組織化する音情報 音楽に合わせて自由に踊って いるとき,私たちの踊りは本当 に「自由」なのでしょうか? 実 は音楽のビート音と私たちのリズ ム運動は,無意識にある特定の パターンになってしまうことがわ かっています。このことを明らか にしたストリートダンスの研究を ご紹介します3。ストリートダン スには,ビート音に膝を曲げる運 動を合わせる「ダウン」と,膝を 伸ばす運動を合わせる「アップ」 の2種類のリズム運動がありま す。この2種類のリズム運動を, 様々な速度のビート音に合わせて 行うと,ダウンはどの速度でも誰 でも簡単に行うことができまし た。一方アップは,ビート音が速 くなると,「無意識に」ダウンに 切り替わってしまう相転移現象が 観察されました(図1)。そこで 次に,アップからダウンに切り替 わらないように最大限努力をする ように指示をしました4。それで もやはり,ダンス未経験者は2Hz (120拍/分)の速度でダウンに切 り替わってしまいました。つまり ヒトの神経系は,ビート音に対し て特定の位相パターンをもつ運動 を自発的に作ってしまうのです。 熟練ストリートダンサーも,意図 に反してアップからダウンへと切 り替わってしまいますが,非ダン サーよりも速くアップを行うこと ができます。ストリートダンスの 世界チャンピオンは,なんと3Hz (180拍/分)の速さでもアップを 行うことができました。熟練スト リートダンサーは,通常ヒトが 持っている神経系の制約を克服す ることで「自由」に踊ることがで きるのです。 音と運動の密接な関係は他にも 報告されています。手に持った振 り子をメトロノーム音に合わせて 振る実験では,振り子を振る際の 一方の端を音に合わせる単一メト ロノーム条件と,同じ運動リズム で両端を合わせる二重メトロノー ム条件とで,動きの安定性を比較 しました。リズミカルな運動のア トラクタ(安定軌道)を再構成す る再帰定量化解析法(recurrence quantification analysis)を用いて 動きを評価したところ,二重メト ロノーム条件では運動時のノイズ
音楽と運動の不可分な関係
図 1 非ダンサーのアップからダウンへの相転移現象。膝の運動の 1 サ イクルを 360 度(0-180 度:伸ばす期間,180-360 度 : 曲げる期間)で 表現し,360 度中のどの時刻(位相角)でビート音が鳴ったかを定量化し, ヒストグラムにした図。([3] より Elsevier 社の許可を得て引用改変)。 東京大学大学院総合文化研究科助教三浦哲都
(みうら あきと) Profile─三浦哲都 2007年,早稲田大学スポーツ科学部ス ポーツ医科学科を卒業。2012年に東京 大学大学院総合文化研究科にて博士 (学術)取得。2017年より現職。専門は スポーツ心理学,運動制御,神経科学。 東京大学大学院情報学環准教授工藤和俊
(くどう かずとし) Profile─工藤和俊 東京大学大学院総合文化研究科博士 後期課程修了。2016年より現職。専門 はスポーツ心理学。著書は『身体:環 境とのエンカウンター』(分担執筆,東 京大学出版会)など。 東京大学大学院総合文化研究科惠谷隆英
(えたに たかひで) Profile─惠谷隆英 2013年,慶應義塾大学法学部政治学科 卒業。2015年,東京藝術大学大学院音 楽研究科音楽音響創造修士課程修了。 2016年より現所属(博士後期課程)。専 門は身体運動科学,音響心理学。26 になっていません。しかし,音楽 と運動の結びつきを研究していく ことで,この答えに近づくことが できるかもしれません。音楽やダ ンスのイベントに参加する人ほ ど,他者とのつながりに関して主 観的な幸福感が高いことが報告さ れています14。音楽とダンスは人 と人を強固に結びつける芸術で す。音楽を聴いて,体を動かし, 他者とつながる。このサイクルを 総合的に研究していくことが,ヒ トの起源にも迫る道だと私たちは 考えています。 文 献
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14.Weinberg, M. K. & Joseph, D.(2017)Psychol Music., 45, 257-267. が低減し,アトラクタ強度が増大 することによって,動きが時空間 的に安定することが明らかになり ました5。 さらに,一定のテンポを保つよ うにして,①単独で発声する場 合,②単独で運動する場合,③発 声と運動を両方行う場合,とでテ ンポの変動を比較すると,声を出 しながら運動することによって, それぞれを単独で行うよりも時間 的変動が小さくなることが分かり ました6。このことは,歌い踊る ことでシナジー(相乗)効果が生 まれることを示唆しており,この 効果が両者の共進化を支えていた のではないか,などと想像を逞し くしてしまいます。 音楽と運動が結びつく神経基盤 ヒトはリズムを知覚すると,身 体を動かしていないにもかかわら ず,運動を司る脳の部位が活動す ることが知られています。ベング トソンら7は,実験参加者にリズ ムのある音の系列とランダムな音 の系列を聴かせ,そのときの脳活 動を調べました。その結果,リズ ムのある音の系列を聴いた場合 に,運動前野背側部,補足運動野, 前補足運動野がより活動すること が分かりました。ヒトが自発的に リズムに合わせて身体を動かして しまうのは,運動皮質の興奮性が 高まることによって,運動を実行 するための閾値が下がるためだろ うと彼らは述べています。 音楽のグルーヴと身体運動 ソウル,R&B,ファンクなど 主にブラックミュージックの世界 では,音楽に合わせて身体を動か したくなる感覚を「グルーヴ」と 呼びます。日本では「ノリ」と 呼ばれる感覚です。ジャナタら8 は,まず148種類の音楽を実験参 加者に聴かせてグルーヴを評価し てもらい,グルーヴのランキング を作りました。次に,この主観評 価のランキングを用いて,グルー ヴの高い音楽が実際に身体運動を 引き起こすか否かを調べました。 その結果,予想された通り実験参 加者は高いグルーヴの音楽を聴い ているときに,より多くの自発的 な身体運動をみせました。また, 音楽家の場合,グルーヴの高い音 楽を聴いているときのほうが,一 次運動野がより興奮することも報 告されています9。 音楽を用いた運動支援・運動療法 スポーツ教育やリハビリテー ションの現場では,音楽と運動の 結びつきを上手く活用することで 成果をあげています。シンプソン とカラゲオジス10の研究では,音 楽を聴いたときとそうでないとき の400メートル走のタイムを比較 しました。その結果,走るリズム と合った音楽を聴いた場合に,音 楽を聴かなかった場合と比較して タイムが縮むことが分かりまし た。興味深いことに,モチベー ションを高める音楽とそうでない 音楽との間では効果に差がみられ ませんでした。つまり,音楽によ るパフォーマンスの向上は,音楽 によるモチベーションの向上が原 因ではなく,音楽の持つリズムが 重要であることを示唆していま す。また,高齢者が運動をすると きには音楽に合わせて運動をする ほうが,音楽なしで運動をするよ りも,脳の老化を抑え認知機能に 良い効果をもたらします11。さら にパーキンソン病や脳卒中のリハ ビリテーションでは音楽に合わせ て動くことで,症状が緩和される ことも報告されています12,13。 音楽と運動の研究 これまで見てきたように,ヒト の運動は音と深く結びついていま す。ヒトはなぜ音楽という文化を 発展させてきたのかは未だ明らか